公開日:2026年10月15日

【レビュー】クリストファー・ノーラン『オデュッセイア』。誰を受け入れ、誰を追放するのか? 「帰る者」と「迎える者」の“現代的な”物語(文:中島晴矢)

クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』が公開中。戦争から帰る男と、その帰りを待つ家族の物語はいま何を問いかけるのか? 古代ギリシャの「帰郷」と「客人歓待」という価値観を起点に、かつてこの叙事詩を題材に個展を手がけたアーティストの中島晴矢が本作を読み解く。

マット・デイモン演じるオデュッセウス。photo by Melinda Sue Gordon (C) Universal Studios. All Rights Reserved.

昼に織った布を、夜になるとほどく。夫の帰りを待つペネロペは、求婚者たちとの結婚を先延ばしにするため、終わらない機織りを続けた。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を、クリストファー・ノーラン監督が全編IMAXフィルムカメラで映画化した。トロイア戦争後、神々や怪物に阻まれながら故郷イタケを目指すオデュッセウス(マット・デイモン)の航海と、王宮に居座る求婚者たちから家を守る妻ペネロペ(アン・ハサウェイ)と息子テレマコス(トム・ホランド)の日々が、並行して描かれる。

かつてこの「ペネロペの織物」を、遅々として進まない東日本大震災の復興の寓意として個展に用いたアーティストの中島晴矢。彼が本作に見たのは、英雄の冒険譚にとどまらない、「帰る者」と「迎える者」がいて初めて成り立つ帰郷の物語だった。古代ギリシャの価値観「ノストス(帰郷)」と「クセニア(客人歓待)」を手がかりに、この神話をいまの世界へと重ね合わせる。【Tokyo Art Beat】

戦争の「その後」を描く、すべての物語の原点

クリストファー・ノーランの映画『オデュッセイア』を見た。西洋文化の礎とされる英雄譚を豪華キャスト陣で演じた長編映画。全編IMAXフィルムカメラによって世界各地で撮影された超大作である。それゆえ本作については様々な語り口が存在するだろう。ただ私はシネフィルでも映画評論家でもない。あくまでいちアーティストとして、この新たなクラシックに対する印象を言葉にしてみようと思う。

真っ先に感じたのは、改めて『オデュッセイア』が主に戦争から帰還する物語であることだ。

もちろん映画内ではトロイア戦争の最後が描かれていたが、あくまで本筋はオデュッセウスによる故郷イタケへの旅路となる。それに『オデュッセイア』の原作で「トロイの木馬」について言及されているのは回想のなかに過ぎない。だからノーランは「トロイの木馬」作戦のディテールについて『アエネーイス』や『アガメムノン』などの文献を参考に再構成したという。「すべての物語の原点」とうたわれる本作は、戦争よりそこから帰郷するひとりの男の航海に焦点を当てているのだ。


中島晴矢

中島晴矢

なかじま・はるや 1989年神奈川県生まれ。美学校「現代アートの勝手口」講師。近代文学・サブカルチャー・都市論などを補助線に、現代美術・文筆・ラップといった領域横断的な活動を展開。ユーモアとアイロニーを散りばめたアクチュアルかつ批評的な表現をミクストメディアで実践している。主な個展に「ゆーとぴあ」(WHITEHOUSE/2025)、「東京を鼻から吸って踊れ」(gallery αM/2020)、グループ展に「ブリッジ!」(すみだ五彩の芸術祭/2026)、「ニュータウン、インターフェアレンス」(横浜市民ギャラリーあざみ野/2026)、著書に『断酒酒場』(本の雑誌社/2026)、『オイル・オン・タウンスケープ』(論創社/2022)、アルバムに『Hibernation』(Stag Beat/2026)など。